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なぜ言葉の定義を揃えるのは難しいのか

結論:言葉のズレは単に語義が異なるだけでなく、文脈・利害・意思決定の運用が絡んで生じる合意形成の問題であり、揃えることは「一度書く」より「継続して育てる」プロセスに近いと整理できます。

  • この記事で分かること①:言葉のズレが生まれる構造(言語的要因/心理的要因/組織的要因)を分解して、どの層で問題が起きているかを見える化する点。
  • この記事で分かること②:なぜ辞書化・用語集だけでは十分でないか──用語のオーナーや承認ルール、更新フローといったガバナンス不在が形骸化を招く理由。
  • この記事で分かること③:現場で使える実務ツール(用語定義テンプレ/合意記録/更新ログ)と、多言語・分野横断チームでの調整を含む運用フローの骨子。
  • この記事で分かること④:定義合わせの効果を観測するための指標(例:会議時間、手戻り件数、問い合わせ数)と、小さな事例での検証の着眼点。

問いの確認:なぜ「定義を揃えよう」としてもうまくいかないのか

「通じた」と「揃った」の違い
「通じた」と「揃った」の違い
  • 形式的合意と実行のギャップ
  • 合意後の判断基準チェック
  • 例外処理の有無確認
  • 合意のドキュメント反映状況
ここが曖昧なままだと、判断や手順にずれが生じやすくなるという観察は、単純な語義の違いだけでは説明しきれないことが多いように思える。

「通じた」と「揃った」は同じではない

会話の場で相手がうなずいたり「分かった」と言ったりしても、実務上の判断や行動基準が一致しているとは限らない。合意が形式的に成立しても、実際の業務で同じ語が同じ条件で使われるかどうかは別問題である。観察すべきは、合意後に同じ言葉が具体的な判断条件やチェックリストとして使われているか、例外時の扱いが合意されているか、そして合意内容が現場ドキュメントやプロセスに反映されているか、の三点である。※判断基準の不足は、合意の形骸化につながりやすい。出典:Wantedly

定義合わせが必要になる典型場面(会議・要件・評価・採用)

抽象語が多い場面ほど、言葉のズレは実害を生みやすい。要件定義では「完成」の範囲が食い違い、評価では「期待水準」の解釈差が人事判断に影響し、採用では「文化に合う」の意味が誤採用につながることがある。こうした場面では、言葉が直接的に判断や報酬に結びつくため、合意の欠落がコストに直結しやすい。※用語が評価や判断の基準に影響する場合、それを「方針レベル」で扱うか「運用ルール」で扱うかを分けることが一つの判断軸になる。出典:日本の人事部(Jinjibu)

「言葉の問題」に見せかけた別の問題が混ざる

言葉のズレとして現れる事象の多くは、権限の所在や意思決定フロー、利害の不一致といった別の問題と重なっていることがある。たとえば、ある語の定義を厳しくすると特定の部門の裁量が狭まり不満が出る、といった構図だ。言葉だけを直すだけでは根本解決にならない場合、どの立場が最終判断を行うか、例外を誰が認めるかといったガバナンスを整理する必要が出てくる。※利害や権限の差が存在する場面では、合意は交渉プロセスとして設計するのが現実的な傾向がある。出典:CAREER HACK(en-japan) この種の違和感を整理すると、問題の多くは言葉の“意味”そのものよりも、それを支える合意と運用の設計にあると見える。次に、言葉が揃いにくい環境的な背景をもう少し掘り下げてみる。

この問いが生まれやすい背景:仕事の会話が抽象語だらけになる

抽象語が生まれる背景
抽象語が生まれる背景
  • スピード優先で生まれる仮用語
  • 分業・専門化による同語異義
  • 多言語・専門領域のマッピング不足
職場の会話が抽象語で満ちると、言葉の確認が後回しになりやすく、ズレが目に見えにくくなる。

スピード優先で「仮の言葉」が制度化される

プロジェクトや会議では、時間的制約の中で便宜的に用語を使い始めることが多い。初期段階の「仮の定義」がチーム内の便宜として機能する一方で、それが前提として固定化すると、後から正式に定義を詰め直すコストが増える傾向がある。注意点として、合意メモや議事録に定義の「仮性」を明記しないと、仮定が暗黙の前提に変わりやすい。出典:Clover Plus(note)

分業・専門化で「同じ単語」が別の意味を持つ

職種や職能ごとの専門化は効率を生むが、用語の意味が部門ごとに変わる原因にもなる。「優先度」「完了」「品質」といった語が、営業・開発・人事で評価軸や期待値を異にする例は多い。ここでの判断軸は、用語を方針レベルで扱うか運用レベルで扱うかを明確に分けることにある。出典:日本の人事部(Jinjibu)

多言語・分野横断チームでズレが増幅する

複数言語や専門領域が混ざると、直訳やカタカナ語の誤用、専門用語の対応付け不足が定義のズレを拡大する。文化や業界慣習による「言葉のふさわしさ」も影響し、同じ語でも場面によって受け止め方が異なることがある。実務上は、用語マッピングや例示(成功例・失敗例)を明文化しておくと誤解が減る傾向がある。出典:文化庁(公的資料) このような背景を踏まえると、単に語の意味を合わせるだけでなく、言葉を巡る運用と前提をどう設計するかが問題の核心に近いように思える。

よくある説明の整理:「多義的だから」「文脈依存だから」「暗黙知だから」

ここまでの観察を受け止めると、言葉のズレを単純に「語彙不足」や「説明不足」で片付けられない事情が見えてくる。

言葉の多義性:辞書があっても一義に決まらない

一つの語が複数の意味を持つことは言語の一般的な性質であり、業務用語も例外ではない。辞書的な定義は参照点にはなるが、業務上の役割や目的によって取る範囲が変わるため、辞書だけで運用が揃うわけではない。ハイライトとしての判断基準は、用語ごとに「最低でも2〜3の具体例」を用意し、それらがチーム内で同じ判断につながるかを検証することである。出典:Britannica

文脈依存:同じ言葉でも場面で評価基準が変わる

言葉の意味は話し手と聞き手の共通認識だけでなく、場面や目的に強く依存する。たとえば「完了」が顧客向けの成果としての完了を指すのか、内部テストを終えた段階を指すのかで、その後の手続きや責任が変わる。ここでの注意点は、用語を使う際に「評価軸」を明示するか、少なくとも参照できる基準を一つ置くことで、場面ごとの解釈ズレを減らせる傾向がある。出典:Britannica(Pragmatics)

暗黙知:説明できない前提が会話を支配する

経験や慣習に依存する知識(暗黙知)は、言葉の意味に無自覚の前提を付与する。組織内で長く使われてきた言い回しや慣習は明文化されていないため、新しいメンバーや他部門との間で意味がずれやすい。よくある失敗は、暗黙知を前提に議論を進め、後で「そういう前提があったとは知らなかった」となることだ。回避策としては、重要用語に短い事例(成功例・失敗例)を添えることで、その語が支える前提を外から観察可能にすることが有効な傾向がある。出典:Britannica(Tacit knowledge) これら三つの説明を通して見ると、言葉の問題は単に意味を定義するだけでなく、具体例・評価軸・暗黙の前提をどう可視化するかという運用の課題へ意識が移る。

それでも違和感が残る理由:定義は「意味」ではなく「運用」だから

言葉を合わせることが終点ではなく、言葉を使って判断し続ける体制が問われるという見方がしっくりきやすい。

定義は合意物であり、交渉が必要になる

言葉の定義は事実を写す辞書ではなく、利害や期待を調整する交渉の産物になりやすい。複数の立場が絡む場面では、どの意味を採るかが利害配分に直結することがあり、単に「正しい定義」を提示するだけでは合意に至らない。交渉の観点からは、立場ごとの関心(interest)を分離して、客観基準を基に議論する手法が相対的に有効だといわれる。出典:Getting to Yes(Wikipedia)

「誰が決めるか」が曖昧だと、揃っても崩れる

定義を文書化しても、所有者(オーナー)や承認ルールが不明確だと更新や例外処理が曖昧になり、結局は場当たり的な解釈に戻る。ハイライトとしての行動は、用語ごとに「責任者」と「更新頻度」を決めておくこと――これがないと定義は放置されやすい。出典:Asana(State of Work Innovation)

厳密化のトレードオフ:固定化は柔軟性を削ぐ

定義を厳密にすると一見正確になるが、業務の多様性や想定外の事態に対応しにくくなり、現場は定義の網から逃れて独自運用を作り始めることがある。標準化の利点(測定可能性や効率)と欠点(イノベーション阻害、現場抵抗)はトレードオフの関係にあり、どの領域を標準化するかを選ぶ判断軸が必要である。出典:Opensource.com

効果が測りにくく、優先度が落ちやすい

言葉を揃えた場合の便益(会議短縮や手戻り削減など)は直感的だが、組織がその効果を定量的に観測・帰属させる仕組みを持っていないと、改善案件の優先度は下がりがちである。測定可能な小さな指標(会議時間、関連問い合わせ件数、要件の差し戻し回数など)を定め、実験的に導入して結果を観察することが実務的な入口になる傾向がある。出典:Asana(State of Work Innovation) これらを通じて見ると、定義合わせの実務は「言葉の意味決め」よりも「合意形成・ガバナンス・運用設計」の問題として扱った方が整理しやすい。

視点を分解して整理する:定義ズレが起きる「4つの層」

定義ズレが起きる4つの層
定義ズレが起きる4つの層
  • 語の層:範囲(含む/除く)
  • 基準の層:評価軸と数値化
  • 手続きの層:誰がいつ判断するか
  • 目的の層:期待・狙いの不一致
前節までの観察を踏まえると、どの「層」でズレが起きているかを分けて見ると整理しやすい気がします。

語の層:指す範囲(含む/含まない)がズレる

同じ単語でも、何を含み何を除外するかの境界(スコープ)で解釈が分かれることが多い。たとえば「完了」が「内部テスト完了」を指すのか「顧客へのリリース完了」を指すのかで、その後の手続きや責任が変わる。実務的な観点では、用語ごとに「含む項目/除外項目」を短く列挙するチェックを付けると、曖昧さが目に見えるようになる。出典:Wikipedia(Polysemy)

基準の層:評価軸・判断条件がズレる

「良い」「十分」「優先度が高い」といった評価語は、何をもってそう判断するかという基準が共有されていないと齟齬を生む。ここでの実務的な工夫は、可能な限り測定可能な基準を一つ置くこと――たとえば「顧客クレーム月3件以下」や「応答時間24時間以内」といった具体値である。こうした基準があると、言葉が実際の意思決定に結びつきやすくなる。出典:Britannica(Pragmatics)

手続きの層:いつ誰がどう判断するかがズレる

用語が合っていても、判断のタイミングや決裁者が不明瞭だと運用は戻ってしまう。責任分担を明確にするための代表的手法がRACIなどの責任マトリクスで、特に用語ごとに「最終責任者(Accountable)」を決めておくと、現場での解釈差が収束しやすい傾向がある。出典:Atlassian(RACI chart)

目的の層:その言葉で何を達成したいかがズレる

同じ語が別の目的(品質確保/速度優先/コスト抑制/利用者満足)に使われると、最適な定義が変わる。ここでは「その言葉を揃えることで何を良くしたいのか」を共通言語にするのが手掛かりで、OKRや目標整合の考え方が示唆的である(目的と指標を接続することで言葉の実務的意味が定まる傾向がある)。出典:Measure What Matters(要旨) この層分解を持って、定義を揃える際に「どの層に手を入れるか」を意識することが次の整理の出発点になる。

暫定的な整理:定義を揃えるとは「書くこと」より「育てること」に近い

育てるための運用設計
育てるための運用設計
  • 合意→文書化→運用→更新の循環
  • 用語ごとのオーナーと更新間隔
  • 会議冒頭の短い用語チェック
  • 小さな指標で効果を観測
言葉を一度書いて終わりにするのではなく、合意と運用を繰り返しながら育てていく視点が実務では効きやすい気がします。

定義の合意形成フロー(確認→合意→文書化→運用→更新)

合意形成を一連のライフサイクルとして扱うと、定義は「完成品」ではなく「生きた成果物」になる。会議での確認→合意内容の簡潔な記録→運用段階での振り返り→必要に応じた更新、という循環を設けると、合意が現場の運用に結び付きやすくなる。ハイライト:合意の際に「例外ルール」を一つだけ書き残すと、後の解釈争いを減らす実務的効果がある。出典:Decube(Data definition explained)

用語ガバナンスの最小設計(オーナー・承認・更新頻度・履歴)

用語ごとに誰が最終責任を持つか、どの頻度で見直すかを決めておくと放置が減る。ここで重要なのは「軽さ」で、重たい承認フローでは更新が滞るため、まずは最小限のルール(オーナー=1名、年1回の見直し、変更履歴の記録)を定める実践が現場で受け入れられやすい傾向がある。ハイライト:用語ごとに必ず「オーナー」と「更新間隔」を明記することが行動につながる。出典:Atlassian(RACI chart)

定着のルーチン(オンボーディング/ふりかえり/会議冒頭の確認)

定義は作って終わりにしないための習慣化が鍵で、具体的にはオンボーディング資料への組み込み、スプリントや会議の振り返りでの用語チェック、会議冒頭の1分確認などが実務的に効くケースが多い。ハイライト:会議冒頭に1分だけ「今日使う重要語」を確認するルーチンは、ズレの早期発見につながりやすい。出典:Global Integration(Cross‑functional team working)

効果の測り方(会議時間・手戻り・問い合わせ件数)

改善の優先度を担保するためには、言葉を揃えた効果を観測可能にする必要がある。完全な因果を証明するのは難しいが、会議時間の変化、仕様差し戻し回数、社内外からの用語に関する問い合わせ件数など、単純で追跡しやすい指標を小さく選んで実験的に観察するのが現実的な入口になる。ハイライト:指標は「小さく・短期で観測可能」なものから始めるのが運用負荷を下げる。出典:Asana(Unproductive meetings) こうした運用的な視点を持つと、言葉を揃える作業が単なる文書化で終わらず、現場の判断やプロセスに結び付いているかを検証できるようになる。

Q&A:定義合わせでよく詰まるところ

前節の層分解を受け止めると、実務で詰まる場面がだいたい見えてくる。

Q. 辞書や用語集を作ったのに、なぜズレが残る?

書いた文書は参照点にはなるが、現場の判断基準や例外処理が伴わないと実行に結びつかない。多くの場合、用語集は「説明」止まりで、誰がその定義を使って何をするかが書かれていないため、時間が経つと運用と乖離する。ハイライト:まず一つの定義につき「現場での具体例(成功例/失敗例)」を一つ添えると、理解が揃いやすく行動に結びつけやすい。出典:Wantedly

Q. 立場が違いすぎて合意できないときは?

利害や優先順位が異なると、言葉の定義自体が交渉の争点になる。合意を図る際の観察としては、まず各立場の「目的」を分離して可視化することが有効で、そこから共通の客観基準や妥協点を探る流れが交渉的合意を作りやすい。ハイライト:合意プロセスで用いる判断基準を最初にA/Bで区分しておく(例:品質優先/速度優先)と、議論が感情論に流れにくくなる。出典:Getting to Yes(交渉理論の概説)

Q. 厳密に決めるほど現場が動きにくい気がする

定義の厳密化は測定や再現性を高める反面、想定外事態への対応や現場の裁量を奪いやすい。現場が「定義の網」を避けて独自ルールを作ると、結果的にズレが増えることがある。実務的な手当てとしては、標準化の「適用範囲」を限定し、例外の申請手順を簡潔に定めることで、標準と裁量のバランスを保つ方法が現実的に機能しやすい。ハイライト:標準化を適用する領域を3つ程度に限定してから拡大する方が、現場抵抗を下げる傾向がある。出典:Opensource.com(標準化と柔軟性のトレードオフ) こうしたQ&Aを経て見えてくるのは、言葉の定義は単なる言語的作業でなく、合意・運用・ガバナンスの設計問題であるという点です。
著者:とまつ@ビジネス浪人

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